どんなにぼろくても車両保険は入っておいた方が良い

MG33S

2012年1月から乗っていたスズキMRワゴンWit(4WD)MF22Sであるが2024年9月8日(日)にババア後期高齢者(以降A)に突っ込まれるという、なんとも不運なもらい事故で結果的に廃車となった。

その時、私は第三者(以降B)の私有地にクルマを駐車し、B宅内にいたときにBと共に異音を聞いた。?と思って外に目をやると、Aのクルマが私のクルマに異様に接近し、しかもBの建物にも異様に接近していたように見えたのでああ、ぶつかったんだなと理解するまで時間はそうはかからなかった。

外に行くと私のクルマの運転席の後ろに見事に突っ込んでいた。フロントを巻き込んだのならまだ理解するのだがなんでそうなるの???っていう感じである。私のクルマの前を横切り、ハンドルを切りすぎてわざわざ私のクルマに突っ込んだ挙句、B所有の建物にも激突していたのである。後ろはベコベコであるが、フロントは無事なので自走可能な状態。Bの建物も大きく損傷し、且つ、Aはパンクしており(どんだけ激しく突っ込んだんだよ)自走不可。仕方なく私は自分のクルマをその場から引き剝がして冷静に写真を撮りまくった。

三人とも現場にいたのでA責100%ということで一致。Aは自分の保険屋(全労済)に電話するというので、まずはその場で電話に立ち会った。しかし、事故であたふたしていて(そもそも平常な状態ならそんな運転はしない)電話を途中で代わった。事故現場であるBの住所とBの氏名、私の住所氏名と車両の情報(車種、ナンバープレート)や状態などを一通り話してからAに代わったが、実に事務的に事故受付しましたという感じであった。そう、この日は日曜日で実際の事故担当からは後で電話が行くという。あとは延々とAが話している様子だった(Aは自走して帰ることができない)ので私はBに挨拶をしてその場から帰ることにした。

Aはババア後期高齢者なので私はあきらめの境地にいた。というか、不運にも2011年12月末に日産マーチK11をもらい事故で廃車にした経験もあるし(そのあとに買ったのがこのMRワゴンであった)、もう一台並行して乗っていたスズキエスクードTD54Wも2020年12月にもらい事故によって乗るのを辞めたのである。三回も続けてもらい事故によって愛車を失うという経験をすると、本当にどうでもよくなる。相手が高齢者ともなるとああそうですかという気持ち。出来れば免許返納してくださいねとは思ったが、そこまで直接言う権利もない。後日Aからは改めて謝罪の電話もあったが保険に入ってて良かったねと思うしかない。年金暮らしで保険に入る金無いですみたいな人も多々いるみたいだし。

実のところ、件のMRワゴンは11万kmを走り、年数によって税金も重課税となる状況で買い替えを検討していたところであった。が、子の進学なども相俟ってクルマなんか買ってる場合じゃねぇなと。しかし、ドライブシャフトブーツが破れ、足回りのガタつきが激しくなってそのままでは車検も通らないので2023年晩夏にドライブシャフト、ついでにアッパーマウント、スタビリンク、タイロッドエンド、ロアアームなど足回りの部品を左右とも交換し、2023年末に車検を取り(2024年1月~)もうしばらくは乗る満々でいたのである。が、完全に心を挫かれた。

つまり、足回りは走れる状態に直したが、ボディはあちこち錆びてきていてそこだけきれいになったとてという感じなのだ。もともと最後の車検のつもりでもあったし、修理せずに買い替えという方向で心は固まった。が、損害賠償はしてもらわないと割に合わない。帰宅後、念のため自分の保険屋(損保ジャパン)にも電話をした。『お怪我はありませんか?』からスタートして『代車はいかがいたしますか?』とも聞かれた。そういえば全労済からはそういう言葉は一切なかった。だんだん腹が立ってくる、そうだよなぁ、こっちは100%被害者なのである。『相手さんの保険屋さんの連絡待ちだとは思いますが、何かありましたらまたご連絡ください』ということで電話を切った。

100%被害者なので、自分の保険を使うことなく相手の保険屋から損害賠償を受け取れば本件は終わる、そういうストーリーのはずだった。しかし、そのストーリーは大きく崩れることになる。まず、翌9月9日(月)、朝一番で電話が来たのは損保ジャパンからだった。損保ジャパンからの電話は、協定価格25万円の車両保険が有効だし、代車特約もあるし、弁護士特約もある。もし何か不利になることがあれば全力でサポートするというものだった。私はこのクルマが新車の時に車両保険を140万円かけることからスタートして、年々減額されつつも車両保険を辞めることはなかったのだ。

この車両の修理金額が協定価格25万円を上回れば全損となり、諸費用分として協定価格の10%または10万円の高い方(つまりこの場合10万円)を付加して計35万円支払うことも可能、しかも等級ダウンはないとのことである。私は大きく安心した。相手からの回答が不満であればこのオプションは使える。しかし相手に責任があるので相手側からの回答をまずは引き出すべきである。が、電話が来たのは損保ジャパンの方が先だったのである。この時点で私は全労済に対してこれは期待できないという心境にもなった。

間髪を入れず、まずは見積である。9月10日(火)に東北安全ガラスに話をしに行った。飛び石や事故等でガラスの交換を行うのが本業の自動車ガラスの専門店であるが、タイヤやホイールはもとより板金も行う会社でいつもお世話になっている。リヤドア、リヤフェンダー、リヤバンパー、タイヤ、ホイールに損傷があって、それぞれ修理や交換、塗装などを行うと概算で24‐25万円になるとのことだった。ぉぅ・・・これは場合によっては全損ってやつですな。相手方の保険屋が全労済であることを告げると『全労済さんは渋いんですよね』という(意味は後でわかった)。

その後、ようやく全労済から電話が来た。『この度は』から始まって『修理工場はお決まりでしょうか?』「東北安全ガラスに写真その他あるのでそこに話を聞きに行ってくれ」ということで電話を切った。そう、修理工場は当方で決めないと、相手が有利ないわば結託した工場への入庫となる可能性がある。ビッグモーター事件があったばかりであるが、そういうことは日常行われているのである。そういえば、代車の提案はこの電話の時もなかった。

9月11日(水)に全労済から再度電話が来た。『修理見積は24万円、修理しない場合は11万6000円の支払いです』「ちょっと何を言っているかわからない、なぜ修理しない場合は11万6000円に減額になるの?」『当方としてはその年式のMRワゴンの残価値としてはその程度しか認められない(意訳)』「は?車両保険で25万円かけてんだよ、承服できるかよ(意訳)」ということで電話を切った。修理代として24万円を認めながらも、なぜその額を支払えないのか到底理解に苦しむので『何かありましたらまたご連絡ください』をそのまま履行、損保ジャパンに電話してみた。「先方、修理額が24万円と言っているのに修理しない場合は11万6000円の支払いと言っているのですが」『なんですかそれ』ということで、損保ジャパンのアジャスターに東北安全ガラスに行ってもらうことにした。

9月13日(金)に損保ジャパンから電話が来た。『修理見積は25万2000円ですので全損です、修理しない場合は35万円のお支払いです』ということで、その電話で即、35万円の支払いを受けることにした。なんだか腑には落ちないが、こっちとしてはもらえる額は多い方が良い。9月27日(金)に35万円が損保ジャパンより振り込まれた。この間、全労済の事故担当からは一度も電話がなかった。それどころか、10月9日(水)まで電話がなかったのである。一か月経過して電話が来たが『損保ジャパンの車両保険を使われたそうで・・なんだかすみませんでした』と。「あのね、もともと回答不満だし、一か月放置したことについて謝罪もないし、代車の提案も無かったし、全労済さんとしてこれ、解決するつもりありました?」『かくかくしかじか』「私としては全労済に家財保険などで個人的に加入しているが、こういう対応では不安を覚えるなぁ」と一通り文句を申し述べて本件は終了。

結論 どんなにぼろくても車両保険は入っておいた方が良い。相手がもし保険に入っていなかったら、ということも考えるとなおさらのことである。

MRワゴンは秋晴れの10月15日(火)に114457kmで荼毘に付された。交換したばかりのドライブシャフトやロアアームなど足回りの部品だけでも解体パーツとして市場に出回って生き長らえてほしいものである。その他の主な交換部品はマフラー、エアコンコンプレッサー、ビスカスカップリングなどである。エアコンが効かなくなった以外は故障らしい故障もなく、良いクルマであった。

さて、その35万円で私は代替車を探すことにした。そう、できれば追銭はしたくない。今と同等以上なら甘んじて受け容れようという趣旨である。それを頭金にして新車或いは35万円以上のクルマをという考えは毛頭ない、いわば緊急スライド登板。なぜなら、それは廃車にしたMRワゴンの車検を通した時の状況と何ら変化がないから、に尽きる。子にお金がかかるうちは仕方ないのである。

走行距離は今より少なければよいが、単にそういうものでもない。駆動系(ドライブシャフトなど足回り)がリフレッシュされていれば、エンジン自体は10万km過ぎていても壊れることはほとんどない。何より重要なことはボディーが錆びていないことに尽きる。当地においては融雪剤による錆が深刻であり、他の部分の寿命より先に車体そのものが傷むことによって乗るのをあきらめるケースが多々ある。交換できる部品は交換すればいいが、ボディーフレームは容易に交換できない。年式は新しければなお良いが、車検2年付きであることが望ましい。

車格、グレード、メーカーは問わない。極端な話、MTの軽トラでもいいしクラウンやアウディでも構わないが、どちらも35万円で選択できるものには相当やばいモノしかない。実は軽トラや軽バンは需要が高いので、40万円以下のモノは本当にゴト車として使用されていたものが多く、内装泥だけで見た目に激しくキズや凹みがあるクルマがほとんど。出来れば同じサイズの軽ならスタッドレスタイヤの使い回しが利くのでなお良い。とはいえアルトやミライースなどではやや小さく、例えば2×4材が搭載できないような車体長では何かと実用性に欠けるので1.8m程度の長尺物は積めることが望ましい。何より4WDであることは必須。

となると、普通にワゴンR、N-BOX、ムーブとその派生車種やOEM車などがターゲットになる。そしてディーラー系や有名中古車店では高価格の程度の良い車両しか望めないので、道端にあるような怪しい格安店、個人店などで探す以外にない。ネット広告を頼りにロードサイドの店をあちこち回ってみるも、そもそも中古車価格が上がっていてなかなか条件に合うようなクルマはない。あちこち回りながら気が付いたことは、ホンダは高いということ。スズキよりマツダ、ダイハツよりスバルとOEM車の方が安価傾向、日産三菱(NMKV)は台数的に少ないということがわかる。

最終的には実家に行く途中に見かけた日産モコX-FOUR(4WD)MG33S(2013年12月式、127000km)を購入した。34.6万円の看板が付いていたので、そばに行ってみると車検整備2年付きであった。走行距離は1万kmほど多かったが、ほぼ丸2年後のクルマで小傷はあるが下回りに錆が無かったのが決め手であった。奇しくもMRワゴンMF22Sの一つ後の型のMF33SのOEM車ということである。スズキ製ではあるが、この日産モコ、おそらく本家のスズキMRワゴンより売れたのではなかろうか。そう、このころの日産の登録車で一番小さかったマーチK13はとにかく格好悪く、タイ製でいいところが一つもなかったからか全く売れなくなっていたので「日産の軽・モコ」はよく売れたと思う。しかしこのクルマを最後に日産の5ナンバー軽はスズキからのOEMを辞めてNMKV(三菱製)に変わっている。

フォグランプとオートライトがないのが不満だが、その他の装備は同等。エアコンの効きが弱く、ガスチャージしてもらい、バッテリーは新品に交換。車検取得して納車となった。

1970年代且つ昭和40年代秋田市生まれ。電話級/電信級アマチュア無線技士、情報処理技術者、甲種危険物取扱者、第一種衛生管理者、第二種電気工事士、消防設備士乙6/乙7、品質管理検定2級、漢字検定2級、VEリーダーなどを所持。1990年代に結婚して一子あり。

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